水清ければ魚棲まず
水清ければ魚棲まずという中国の諺は、水が清すぎると、魚が住み着かないという喩えで、人間は清らかすぎて、他人に対しても要求が厳しすぎると、周りに誰もいなくなるという意味を持つと解釈されています。
様々な価値観を持つ人々または彼らの見方・言動を受け入れる、ないし受け止めるような心の広い人間になろうと自分を戒める一語です。
心が広くて、他人に寛容でいることに関連して、二人の人物を思い出します。
一人は、かつて香港の映画とテレビ界のドンで、映画製作会社及びテレビ局を両方創立所有していて、ブルース・リーなどを含めて多くの新人俳優をブレークさせた邵逸夫氏。彼は107歳でなくなった数年前、テレビインタビューを受けた時、長生きと幸せの秘訣について質問されました。彼は寛容をあげました。
もう一人は、中国の長者番付で度々トップにランクされた香港のタイクーンの李嘉誠氏。彼の生い立ちは、松下幸之助さんとかなり似ています。李氏もあまり学校教育を受けないまま社会に出て、商売の見習いをしながら、向上心に駆られて本を読み漁り、若くして独立し、立ち上げた小さな会社を一代で世界規模なグループ会社に育てた「スーパマン」という愛称のつくぐらい有能で人望厚い方です。
李氏が創業した会社の名前は、「長江実業」です。長江は、揚子江の別名で、中国で一番長い川です。この会社の名前の由来について、彼はこう言いました。長江は、流れてくるどんな水も受け入れるから、中国で一番長い川になれたのです。彼は若かった頃、表向きは謙遜そうに見えるが、実は内心とても傲慢です。そんな傲慢な自分を戒めるため、いつも謙虚でいようと気を引き締めるため、長江のような度量を持つようと、会社の名前を「長江」にしたそうです。
私たちも、魚の住めない清らかすぎる小池よりは、寛容で包容力のある海や長江に目指したいものですね。なかなか難しいですけど、邵逸夫氏が曰く、寛容とは、善良と修養の結晶であります。善良な心で、自己研鑽を怠らず、日々人格を高めていけば、きっと少しずつ少しずつもっと心の広い人間になれると信じています。
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